女川町ツアー

 

 

こんばんは、いちかわです。

今日は女川町を歩いてきました。

案内人は栗山さん。大学4年生で昨年の4月から女川町に入り、行政の方などと調査・復興活動をしている方です。学生生活を送りながら現在まで定期的に女川町に通い、今年から女川町を歩いて案内するという活動をしていらっしゃいます。女川町へ入ったいきさつや活動をうかがっているだけで本当にすごいなあ…という感想なのですが、彼女さんとのアツアツぶりもなんとも素晴らしいお方でした(ほっこり)

 

さて、女川町は石巻市を分断するような形でありお隣さん同士で(正しくは、今の石巻市が女川町を挟んだ市町村の合併でできたわけですが)、何度も通ったことはあったものの、代表も私も女川町自体についてはほとんど知りませんでした。

女川町の震災前の人口は10016人。そのうち、1割の方が亡くなられています。つまり、ご家族を亡くした方がほとんどです。今の人口は5000人以下に減っているそうです。

 

女川町に入ったところで車を停めて出発。まず訪れたのは「きぼうのかね商店街」です。

 

ちなみにこの日は灼熱でした・・・
復興を目的とした商店街は各地にたくさんありますが、木造というのはあまり見たことがありません。女川高校の校庭に造られていますが、31店舗と銀行、郵便局、仮庁舎などがあり、かなり広いです。

商店街の名前の由来は津波で流されてしまった女川駅前にあったからくり時計についていた鐘に由来します。鐘のうち、1つだけ音の出る状態で見つかり、これが「きぼうのかね」と名付けられて商店街内に飾られています。

休日だったため閉めていた店舗もちらほらありましたが、この三連休は様々な場所でライブ等のイベントがあったにも関わらず、多くの人がブラブラと楽しんでいました。

 

商店街は山の上にありますが、ここから海の方へ下っていきます。

 
もう一回言っちゃいますが、灼熱です
この写真の左側、ここには女川町の街並みがあったそうです。説明がなければ元からこういうところなのかと認識してしまうでしょう。

ここに銀行があり、

お魚市場があり、

駅があり、

役場があったとは、なかなか想像しがたい景色でした。

 

栗山さんには津波がどの高さまで達したかということや、地形などによって被害に差が出ていたことをお聞きしました。最も印象深かったのは、本来なら津波が流れ込んだはずのトンネルの入り口に家が引っ掛かり、その奥の地域には津波被害が無かったという話です。こうした「偶然」が様々なことを左右したのだと思うと、なんとも言えない気持ちになりました。

 

港近くで腹ごしらえをして、女川の町が一望できる山に登ります。

この山がこの三十路のからだにはちょっと、、いや、、、だいぶ、、、きました。。。

角度が・・・

私の口数の少なさといったら・・・

 

しかし、一番上の小さな展望台に登ってみれば!!

 
きれい!
絶景でした。

女川町は海も山も、どちらもとっても素敵な場所でした。

 

この後は山を下り、三階建ての仮設住宅や瓦礫集積所(女川町の瓦礫10tは東京都で処分されるそうです)を案内していただいたり、たくさん歩いたご褒美にソフトクリームを食べたり、ハイテクな笹かまぼこ工場や別の商店街を見学したりしました。最後のご褒美のお風呂が気持ちよかったこと・・・!

 

今回、町を歩いてみて、栗山さんが「歩いて案内をする」ことにこだわりをもってこの活動をされている意味が少し分かった気がしました。女川町の震災被害について感じることができるだけでなく、女川町がどんな町なのかについて知ることができました。栗山さんご自身がまさに、女川町自体を知ってもらいたいという思いでいるとのことです。

石巻で同じような歩くツアーをするなら・・・と話したりしましたが、私はあまり思い浮かびませんでした。ここにいても、行動範囲が決まっていれば必然ですが、ちょっと情けない気持ちになりました。

 

被災地になんとなく入りにくかった方はもちろん、こちらにいる方でも充実できるツアーです。ご興味のある方はぜひ参加してみてください!!

 

いちかわ