こんにちは、広部です。
私が書くのは、ずいぶん久しぶりな気がしますが・・・・、気のせいです!!
さて、遅くなりましたが、先日、「第2回復興ものづくり交流会in気仙沼」を開催させて頂きました。
そのご報告です。

改めて説明させて頂きますと、この、ものづくり交流会なるものは、
「復興みやぎネットワーク会議」の中のグループの一つである「生活再建ワーキンググループ」のメンバーにて、「ものづくり交流会実行委員会」を立ち上げ、その実行委員会で企画・運営を行っています。
応援のしっぽは、主催団体の一つであり、事務局をさせて頂いています。
震災後、多種多様な地域コミュニティができましたが、その中でも参加ハードルが低く、各地で実に多く生まれたコミュニティが、「ものづくりコミュニティ」になります。仮設住宅団地の集会所などでみんな集まってできたコミュニティをイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。もちろん、それだけではありませんが。
交流会の目的は、多岐にわたりますが、一言で言えば、「コミュニティの多様性の維持・発展」にあります。
今後、被災された方達が復興の道のりを歩むにあたって、何が原動力となり得るか?
その一つの答えが「多様で活発な地元地域コミュニティ」であると、少なくとも、応援のしっぽは考えます。

外部支援団体はいつかはほぼいなくなります。震災記憶も風化していき、外部から関わってくれる人達も減少していくなかで、結局、自分達でやらなきゃだめだろうと思い始めている方達も少なくありません。田舎だろうとなんだろうと、いや、田舎だからこそ、ちゃんと人の意見を聞いて、自分の意見が言える、そしてある程度の方向性へみんなで進めるコミュニティが、いくつもあって、ぶつかり合って、淘汰されて、また新しく生まれ育つ。雑多な混沌。そんな「コミュニティの海」みたいな地域社会こそが目指す在り様なのです。そこからこそ、人間のエネルギーがあふれ出てくるとも思います。
とは言っても、そんな地域社会が云々より、おじちゃんやおばちゃん達にとって、「家や会社以外で愚痴を言いながらも笑いあえる」、そんな場が一つあれば良いだけだと、自分は思うのですよ。

さて、ずれましたが、コミュニティを構成する要素は何でも良いと思います。お茶っこと呼ばれる井戸端会議でも、ママサークルでも、将棋の寄合でも。ただ、私たちがものづくりと呼んでいる、「手で何かを作ること」は、やることが明確で分かりやすく、震災を通して生きがいとなっている方達も多く、またそのコミュニティへの参加ハードルの低さ、それは即ち誘いやすさもあり、多くの意味でコミュニティの核となり得ています。しかしながら、震災記憶の風化に伴って、少しずつそのコミュニティの存続が危くなってきています。

応援のしっぽは、運営者支援を挙げていますので、その業務上、さまざまな活動団体の運営者さん達と話し合いを持ちます。その時にいろんな悩みを打ち明けてくれますが、最たるものは、コミュニティへの参加者のモチベーションの低下。直訳すると、手作り商品の売り上げ低下になります。つまり、作ったものが少しも売れなければ、それは必要とされていない物を作っていることになり、それを作っている自分達も必要とされていないのではないか、既に忘れ去られ余生をただ生きていくだけになるのではないか。そう思う人達も出てきているということです。
手作り品を商品として販売する以上、1円でも値をつければプロの世界。質と価格、流通や見せ方、販売方法など全てひっくるめて、その商品その価格で今まで売れただけでもありがたいと思え、という人達もいます。商品が売れなくなって、コミュニティが解散するのも、自然な流れでもありますので、それも仕方がないと言えば、仕方がないのかもしれません。
ただ、みんな頑張ってきました。結果ではなく経過を意味する「頑張る」という言葉は、本当に苦しい時に、歯を食いしばった奥で吐き出せずに、ぎりぎりと逆巻いていました。少ない笑顔をかき集めて、そこから少しでも多くの笑顔を生み出すためだけに、力を使っていたのです。支援が少なくなり、作る場が少なくなっている現状で、作るものに対する工夫は、これからの話なのです。震災後の混乱の中で、縁で結ばれ笑顔で結ばれたコミュニティを、必要とされていないからとやめてしまうのはいつでもできます。運営者にしても、家族も仕事も持ちながら、助成金もなくぎりぎりやっている方も多いのです。ほとんどの方はこう言います。「せっかくみなさまのおかげでここまで来たのです。できることろまで頑張ってみたい。」
ばっさり切って捨てるのは、いつでもできるのです。
売れる商品づくりにこだわらなくて良いのです。ものづくりにこだわらなくても良いのです。
せっかくできたコミュニティをどうやって維持し、できるなら発展させていくのか?
正解などないその方法を、みんなで繋がって、みんなで考えて、それぞれの道を探り、共に応援し、歩き出しましょう。交流会には、そういった意図があります。
それまで、もう少し見守っていて欲しい、もう少し手を差し伸べ続けていて欲しい、応援のしっぽはそう思います。